2004年1月1日

 詩 人

榎本 初によるのページです



  寒菊

拝啓
はつ冬を迎えてかはたれのかおりが鶏鳴を
つつみゆくのに人のことは知らずわたしは
いよいよあたたかさをおぼえて目をほそめて
まくらの背にゆめをとどめて背すじをのばして
先生へのふみをしたためています

重陽の宴の暁が濡らす菊に時をわすれて
先生とかわした盃を今そっとだきしめて
涙があふれそうになりあふれそうになり
このいく月か世を憚ることもなくわたしは
燕尾服を身にまといグランドピアノにむかい
しろいほそい指を鍵盤におとしていくのです

黒鍵の響きにとまどうことなく音を列ねていく
奏でていく調べは鋼と鋼をぶつけて火の華を
咲かせて火の華を咲かせて刹那に華は散り華は
散り土に雨に塗れていくのであり現実であって
その他に確実に解っていることなどなくて
それ故にただ堪えていかなくてはならない
と仰っていた先生のひとみが目に浮かびます

先生がいるから苦しさに堪えていけるのです
などと申せば先生はわたしをお叱りになる
いやもうわたしなどに見向きもしないでしょう
丑三つの寂寞に枯れ野の疾風に塞ぎこまない
笑顔があるからこそ獅子の胸に先生の心に
飛び込んでいけると信じているわたしがいて
野ざらしの一輪の寒菊がほほえんでいます
                   敬具
  十二月一日
                榎本 初
山本 先生

              二〇〇〇年十二月四日
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