1999年8月8日

 詩 人

榎本 初によるのページです


 大空〈おおぞら〉

 すると彼は言ったんだ
  彼は空になるんだって

   僕は 子どもの頃
   空を飛びたいなって
   思ってた
   両腕が大きな翼となって
   その翼を限りなく広げて
   青い空を
   いっぱいいっぱい
   翔け廻るんだ

   空が大好きだった

   大人になった今
   僕は 空を飛べないでいる

 そんなことを 僕は彼に話した

 すると彼は言ったんだ
  彼は空になるんだって

  空自身は飛べないんだ
  でも
  空はすべてを抱いている

  泣き虫だった子どもの頃の彼
  彼女と喧嘩した昨日の僕
  誕生日プレゼントをたくさんもらった妹
  いつも気丈で朗らかな母
  栄養ドリンクを手に連日残業の父
  黄昏時に魔法の指を披露するレジのおばちゃん
  朝の闇を突き抜けていく新聞配達のおっちゃん
  会社のパソコンで隠れてネットを楽しむOL
  休日お気に入りのレコード屋に足を運ぶ青年
  海岸で桜貝を拾う恋人たち
  異国の草原で太陽と戯れる少年
  イルカの抱擁に心を癒す少女

  空はみんなを抱いている
  だから
  空自身は飛ばないんだ  

  空を飛ぼうなんて
  たいした望みを持たない者の言葉に過ぎない
  それでも飛びたいと言うのかい

 空は すべてを閉じていた
 空には すべてが開かれていた



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