アルジャーノンに花束を

凄まじく美しいタイトルです。
昔っから、このタイトル大好きでした。
そうそう。
日本ドラマしてましたね。
ユースケ・サンタマリア主演で、僕は彼の演技、良かったと思う!!
実はあんまり覚えてないんですけど
感動したってことだけは覚えてます。
最後、おかんが迎えに来てくれたんでしたっけ、どうだったか・・・
あれはあれで良かったなあ。


映画化された時の邦題は「まごころを君に」。
はい、エヴァンゲリオンですね。
勿論、僕も真っ先にエヴァが浮かびましたよ。
エヴァは他にもあらゆる物からいっぱい引用してたり
兎に角あれこれ探れば色々出て来るので楽しい作品だ〜。

僕は小説より先に映画を観たのでした。
でもあれもだ〜いぶ前だなあ。


著者であるダニエル・キイスの有名なお言葉。
「どうしてこんな傑作ができたのでしょうか」との問いに
「それが分かったら教えてくれませんか。
自分ももう一度、あんなのを書いてみたいのです」と返したそうです。
う〜ん、正直で好感が持てるぞ。


元々は中編だったものを、長編に改めた本作。
中編の時点でヒューゴー賞受賞。
長編化してからは、ネビュラ賞を受賞しました。
僕としては中編から先に読みたかったのですが
意外なタイミングで長編の方が手に入ったので
もう堪え切れずに読んでしまった〜。
そして泣いてしまった〜。
最期の最後で大泣きしてしまった〜。


知的に障害のあるチャーリイ・ゴードン
パン屋で雑務をしながら必死に勉強している。
利口になりたい、その一心で
研究者達が試したがっているとある療法の実験台になることを決意。
先にそれを施されたアルジャーノン
驚異的な知能の発達を見せつけたが
人間での実験は初めて。
どうやらチャーリイにもちゃんと効果が表れ
というかどんどん知能が凄いことに。
常人を遥かに越えた知性を短期間に得ながらも
人間的な成長が間に合わなかったり
幼少時の体験や記憶によって、愛する女性とうまく関われなかったり
今まで頭が良いと思っていた周囲の人物達の愚かしさに気付いてしまったり
そうしてやがて
アルジャーノンの変化から自らの行く末を理解する。
アルジャーノンは死んでしまった。
自分の知能はまた以前のように
いやひょっとすると以前よりも酷いことになってしまうかもしれない。
抗うことはできない
成す術もない。
だが彼はよくやった、よくやったのです。


先ず、この小説が
チャーリイ自身による経過報告として進行してゆく
というスタイルが素晴らしい。
最初、手術前の彼の書く文章は
稚拙で、誤字が多く、平仮名まみれで改行もままならない。
それが少しずつ整理され、コンマの使い方を知り
文体もどんどん知的になってゆく。
終盤では逆に
矢鱈と難しかった彼の表現が徐々に単純化してゆき
最後にはすっかり元通りになってしまう。
で、ですね。
僕が、ああ〜巧みだな〜と、特に感嘆するのは
だんだん変ってゆく、のでありながら
とても急激、でもあるところ、です。
これは読んでみないことには分かり得ない感覚なのですが
いとも自然に激烈な変化が起こってゆく
それが凄い。
それがとても恐ろしいのです。


経過報告も、タイプを打てるようになったり
レコーダーで録音したり
これは見られたくないと判断したり。
彼は知性爆発時に、過去の自分の書いた文に驚きますが
知性衰退時には
過去の自分が書いたものが読めない、意味が分からない、といって驚きます。
読めた本が読めなくなり、分かっていた事が理解出来なくなっている。
彼は、読み書きだけは可能でありたい、と祈る。
彼は最初からずっと、同じ事を切実に願っている。


頭が良くなれば皆から好かれる、と思っていたのに
物事が分かるようになってから
パン屋の友達を失ってしまった。
彼等が自分を馬鹿にして笑っていたのだと気付いてしまったし
自分をいつも庇ってくれていた人が
不正を働いていた事も知ってしまった。
皆はチャーリイが手術をしたと知らないので、彼を怖がる。
パン屋には居られなくなってしまう。
彼が再び元のようになってパン屋へ戻り、事情を話すと
皆はまた受け入れてくれた。
チャーリイは結局、可哀想だと思われたくない、と、そこを去りますが
友達って良いなあ、という彼の一言には
僕はなんだか泣きそうになってしまった、けどここでは耐えたぞ!!


賢くなってからもチャーリイを支配し続けたのは
昔の記憶。
家族と暮らしていた頃の記憶。
、であります。
母はいつも、チャーリイを普通の子供にしようと必死で
厳しく、ヒステリックで
チャーリイのことでよく夫と口論していた。
母は何よりも、他人の目を気にしていた。
世間体ってもんは、父親よりも母親に強く関連する問題
というのは今も昔も、どの国でも同じなのかもしれません。
母は世間と戦っていた。
は、この子は放っておいてやれ、と言う。
チャーリイにとって、父はいつも味方でありました。
が生まれると、母は戦いをやめます。
ノーマの為に、チャーリイを遠ざけるようになります。
ノーマも(幼い故に)兄を罵倒します。
チャーリイのことでからかわれたり、妹は妹で辛かったのです。
しかしチャーリイにはそんなこと、分からない。
遂にある日、チャーリイは家を追い出されてしまいます。
妹をそんな(的な)目で見るなんて!!と。
母は恐ろしかったのでしょう。
彼女がナイフまで持ち出すので、父も仕方なく従います。
時は経ち
チャーリイは別人のようになって、二人の元を訪れます。
二人は別々に暮らしていて
父は(念願だった)美容師に。
色んな意味でしょうがないのですが
父はチャーリイに全く気が付きません。
美容師とお客の関係のまま、再会はあっけなく終わってしまいます。
比べて母。
生まれ育った場所は変わり果て
母も痴呆気味で、ノーマと一緒に暮らしているのですが
母は分かるんですね、チャーリイを。
彼が家に滞在していた間にも、母の状態はころころ変転しますが
母はやっぱり母なんですね。
父に分からなかった息子を
母は分かる、っていうのが
僕にはとてもリアルに思える。
きっと、そういうものなのだと思う。
なんて言ったら世の中のパパさん達に悪いなあ。
僕にとっては、ってとこを強調しておきます。


妹云々や妹の友達云々があって
女の子と関わるな、と教えられたチャーリイは
それが呪縛となって
愛する人と一線を越えられません。
利口になりたかったチャーリイが通っていた学校(成人センター)の先生なのですが
アリス・キニアン
彼女もまたチャーリイに惹かれるのですが
彼という特殊(になってしまった)な人間との恋愛がうまくゆくわけもなく。


もう一人、女性が登場します。
フェイという名の彼女は、自由奔放で天性の芸術家。
知能の高まっていた頃のチャーリイ(神経質で完璧主義?的)にとって必要な存在でした。
でも恋愛じゃなかった。
彼女がチャーリイを理解することはないでしょうし
元々のチャーリイのような、障害のある人に対して彼女は
多分、関心がないんじゃないかなあ。
自己中心的とかっていうより
自分が生きることに夢中って気がします。
夢中、でありたい、と思っている感じ。


終盤、殆ど元に戻ってしまったチャーリイが
うっかり、以前通っていたアリスの教室へ行くと
彼女は変な顔をして、何処に居たのかと尋ねます。
彼は
勉強をしに来たけれど
前に使っていた本を失くしてしまった、と答えます。
すると、アリスは泣いて教室を出て行ってしまうのです。
先生えええ〜!!
僕は、ここで突如として泣いてしまいました。
実は僕、読みながら
これはどうやら泣かずに読み終えられそうだぞ、とか考えていて
余裕ぶっこいてたんです。
それがどうしたことか・・・この場面で急に。
だってチャーリイの、彼女の呼び方が
「アリス」から「キニアン先生」に戻っているんですもの。
先生が教室を出た瞬間、僕は泣いた。


僕のことはさて置き
チャーリイはこの時に
手術で自分の頭が良くなっていたことや色々を思い出します。
そして、自分から
ワレン養護学校へ行こうと決心するのです。
そこで友達を沢山作るのだ、と。
彼は、自分の知能が再び下降しだしてから
将来、行くかもしれないその場所を訪れておりました。
これを読んでいる僕は一体どんな気持ちで見送れば良いんだい?!


追伸のラスト二行。
なんと完璧な終わり方か!!
これを越える幕の引き方など在りはしないだろう。
読み終えた僕は
心の中に見付けたアルジャーノンのお墓らしきに
出来る限り立派な花束を供えてみました。


書いた本人でさえ不思議に思うほどの傑作です。
手術をした、ということ以外は、実は事件は一つも起こっていないのですが
とてつもない読後の充実感。
読めて良かった・・・!!


のページへ                                                                                                       トップページへ