THERE WILL BE BLOOD

開始してから暫くの間、じっくりじっくり、淡々と、労働の様を見せつけられ
掘って、石油が出て、それでどうこう、という一連の流れを教わる。
たっぷりと。
ぼぼぼぼ僕は眠ってしまうんじゃないか?!と危惧。
ところがそれは杞憂に終わりました。
動き始めた物語の面白さたるや眠ってなどおれませぬし
クライマックスには比類なき名場面が・・・大興奮!


内容は、どう言えば・・・う〜ん。
青年から、石油の出る場所の情報を金で買い
主人公は幼い(義理の)息子と、其処で悪戦苦闘の日々を送り
その内に息子の聴覚は失われ(事故ですね〜)
彼を手元から遠ざけ
自分は主人公のだと名乗る男が現れ
偽物だと分かり
それを殺し
息子を呼び戻し
石油で一財産築き上げたわけですが・・・
この主人公の・・・偏屈で人間嫌いな性質が・・・気難しく近寄りがたく
子供っぽい、けど頭が良いし
うわあ、なんですが、面白い。


石油映画ってどんなんだろうか、ゼア・ウィル・ビー・ブラッドって
このタイトルはどういう意味なのだろうか〜?と
情報ゼロで見るのは良いですね、純粋に楽しい。
冒頭、とてつもなく真面目で深刻な、土臭く薄暗い
救いの無い物語が展開しそうでしたが
そうではなかった!!


この作品の魅力は第一に、矢張り主人公。
彼の生まれと育ちと、色々あっての石油への執着かと思いますが
(掘る以外してこなかった為それより他は考えられない、とか)
(石油で一攫千金がこの地方での常套ドリーム、とか)
その真っ直ぐぶり
その情熱
そこにだけ焦点を当てれば、ナイスガッツな漢だね〜なのですが
そんな普通な奴じゃなかった。
人が嫌いで
人から遠ざかる為に、生活に困らないだけの金が要る
=石油!!
(真かジョークか)そういった具合で
あんなに可愛がっていた息子の耳が聞こえなくなり
理解出来ない(手に負えない)存在になってしまうと
手話を習うでもなく
紙で会話するでもなく
別々に生活することを望むのでした。
これがどうにも判断のできないこと、だって実際
年頃で、ただでさえ何を考えているのか分からない子供が
更に扱いにくくなってしまったのですから
仕事もありますし
正直、逃げだしたくなるのが男(に限りませんが)って生き物かなあ、と。
捨てたのではない、と言ってましたし(多分)
愛があっても一緒に暮らせないこともありますからね。


人間嫌いなくせに、独占欲が酷く強かったように思えます。
息子と入れ違うように
弟と名乗る素性不明の男と行動を共にしだすのも
結局、主人公は一人が嫌なのかしら、と思わされます・・・だって
男が現れたから、もう息子はまあいいや、となったように見えましたし
実際、息子の代わりの地位を占めたのはその男だったように思えますし
男が実は、本当の弟の友人で
死んだ弟の日記やらから知識を得て、なりすましていたと分かるや
さっさと殺害
再び息子を手元に戻すのでした。
なんでも自分の思い描いたとおりにならなきゃ嫌、って類の奴ですか。
自分とよく似た魂の理解者が欲しかったのかもしれませんね。
一人になりたがっていても
本当の本当に一人でずっと過ごす人って、そう滅多におりませんもの。


年月が経って、息子もかなり育ちきりますと
親から独立したいと願うのは世の常ですね。
特にこんな親父じゃあなあ。
自分の会社を立ち上げて〜という未来図を語る息子に
主人公、苛々激怒。
お前は実の子じゃないってことから始まりああだこうだと
うわあああああ〜黙りやがれ〜、です。
息子よ、よくぞ耐えた。
作中描かれなかった今までの日々もそうですし
今この瞬間
さっきまで実の父親だと思っていたそいつの頭をかち割って
ごしゃごしゃにしちまいたくなるような衝動があったとて不思議ではないよ。
怒り、悲しみ、悔しさ、ごった混ぜのやるせなさ。
でも逆に、これできっぱり縁を切ろう、と思えて
すっきりかもしれませんね。


主人公はこのように
愛情を深く傾けた故の憎悪というよりは
自分の所有していた筈のものが、それ自身の意思を持って生き始めることが
到底我慢ならない、といった風です。
かつて注いだかもしれない愛情というのも
純粋なそれだったかは・・・分かりませんね〜。
勿論、主人公は本気で愛していたつもりでしょうけど。
いやいや、ひょっとしたら
単に不器用さんなだけかも。
後でまた書きますが、子供を捨てたと認めることを
かなり強く拒絶してました。
愛があるから苦しかったのか、果たして・・・はてさて。
ただ、主人公が最も幸せそうだったのは
息子が幼く、小さかった頃だったように見えました、が、どうなのか。
さてしかし、彼の
自分の考える最良の形からはみ出そうとする者への、容赦の無さは
徹底されております。
心中、何を思っているかは分かりかねますが
ひねくれねじれていることは確かじゃないでしょうか。


さあ、いよいよ、この作品の最大の魅力に迫ります。
それは、田舎という舞台には付き物(憑き物)である
宗教、イエス、宗教。
第三の啓示教会なるものがあって
そこの牧師だか神父だか、が、クレイジー。
遮二無二ハイ。
熱い説教と裏返る声と丸い顔の輪郭が印象的な、イーライです。
イーライ無くして、これ成り立たず。
彼こそはこの映画の華。
主人公の、いつかどうにかしてやろう名簿の、筆頭だったに違いありません。


教会にをよこせとしつこく言い寄り続け
主人公に押し倒され、挙句ぼこぼこにされたイーライは
自宅で大暴れ。
御家族の皆様、苦労なさってるのでしょうね・・・日頃から。
後々、わけあって主人公は教会へ行かざるを得なくなりますが
その時に、信者達の監視の中、超超屈辱的な演出を施され
子供を捨てたと叫ばされました。
くっそおおおおおおイーライいいいいいい覚えておれえええええええええ!!
となるのも無理からぬ話です。
一方、主人公を屈服させ、イーライ青年、満足したのか
伝道の旅に出る、と晴れやかな様子。


時は奏で、映画もクライマックスです。
伝道の旅より帰還したイーライは、主人公の元を訪ね
(彼なりに)巧みなことを言って金を出させようとしますが
駆け引きに勝ったのは主人公でした。
何年も前のあの屈辱を晴らす時が来たのです。
今度は彼に、屈辱的な発言を強いて、何度も叫ばせ
精神的にくたくたにしたところで
実はこの取引は元から破綻してるんだよ〜だってもうとっくのとうに
地下ではあれこれやってんだもんね〜、と教える。
イーライ、ががーん。
そ、そんな馬鹿な・・・。
目に見えないところにパイプは通っているのさ、ふふふのふ。


ああ、イーライと主人公の二人のやりとりはずっと面白いのですが
ここより先は、映画史上に残そうじゃないか、という名場面。


あらゆる絶望(伝道の旅に出た筈が、投資の地獄に行きついてしまったらしい・・・おい!!)
に、すっかり打ちひしがれるイーライ。
そこへ更に、これでもかこれでもかと追い打ちをかける主人公。
待ちに待ったこの時
自分の描いた筋書きどおりに運ぶ事柄
テンション最高潮。
お前のミルクシェークを毎日吸っている
だったかな?のようなことを執拗に(様々な表現で)繰り返したり、手真似をしたり
その子供っぽい意地の悪さは特筆に値します。
そして無邪気にイーライを追いかけまわすのですが
あれは・・・ボーリング追いかけっこ・・・でしたね・・・。
逃げまどうイーライの哀れで情けない姿が、笑いと涙を誘います。
慣れない投資なんかに手を出すから・・・あ〜あ。
最終、ボーリングのピンでざくざくにぶちのめされて死に絶えるイーライ。
ようやく全て終わった、と主人公。
やっぱり、この人は一人になりたかったのかな。


この映画は、主人公とイーライのキレ合戦が見ものです。
僕は、教会でのイーライの説教が好きですね。
殆どやけっぱちのような雑さと熱さと、声の裏返り加減が良い。
もし何かしら演じる機会があるならば
ああいったおかしな輩をやってみたいものです。
絶対楽しい!


まだちょっと喋ろ。
イーライは、神を信じていたか否か。
彼は投資に手を出し、てんてこ舞いになってしまい
結果
信者には聞かせられないような台詞を言わされるはめになっちゃいましたが
背に腹は代えられなかったか
その信仰心は如何程か。
終始、金を教会に寄付するよう五月蠅かった彼ですが
その真意は?
宗教の教えは広く様々に解釈されて
矛盾を孕んでいても、無理矢理ねじ込んで、自らを納得させられれば
盲目的に信じることは可能だけど
そんな自由度の高い解釈の乱立するのを
神はどうお考えかね。
確実に言えることは、そうですね・・・。
イーライは・・・無性に腹の立つ微笑を浮かべていたなあ、ということ・・・
くらいですかね。


以上、記念すべき200回目のお喋りでした。
200って、少ない数字ですね〜。
僕の好きなものは数え上げれば軽々と300を越えてゆけます。
誰だってそうでしょう。
(そうでないという人も居るでしょうが、細かく数えてみれば、きっとありましょう)
言ったからには300以上、ここでお話したいものです。
ではこの辺で。


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